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存在の証明

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映画「ヘアスプレー(原題:Hairspray)」を観た。

この映画は2007年のアメリカ映画で、映画のジャンルはミュージカル映画だ。

この映画の舞台は、アメリカのメリーランド州ボルチモアだ。映画の時代背景である1962年には、アメリカ中で人種隔離政策が行われており、もちろんこの映画の舞台であるボルチモアもその人種隔離政策と無縁ではなかった。

ボルチモアは、郊外に白人が住んで、街の中心部に黒人が住んでいた。ボルチモアユダヤ人は、移民当初は街の中心部にあるダウンタウンに住んでいたが、1860~1960年の間にユダヤ人の人口が7000人から78000人に増えて、緑の多い北西の郊外に移り住んだ。

ボルチモアの1962年の住宅街の様子が映画の冒頭で、上空から映し出されるが、街の住宅が網の目状に区割りされていて、同じ形をした長方形の住宅が、そのマスの目の間に密集している。これがボルチモアの住宅街の特徴だろう。

この映画の主人公は、トレーシーというユダヤ系の高校生くらいの女の子だ。トレーシーは、いわゆる痩せているモデルのような体形とは違った、豊満な体系をした女の子だ。だが、彼女のダンスは人の目を引き付けるものがあった。

トレーシーの家は、密集した住宅街にあるが、黒人の住んでいる地域とは違っているかもしれない。多分ユダヤ人のコミュニティに住んでいて、黒人の居住区とは少し離れている。トレーシーには、ペニーという友達がいるが、ペニーもユダヤ人だ。

アメリカには、人種隔離政策があった。これは白人と黒人とを分ける政策だ。違う地域に住み、違うトイレを使い、バスの座席も黒人専用の座席があり、黒人専用の座席以外に座ると、黒人は白人から酷い扱いを受けた。

アメリカにはカラードという言葉がある。これは有色人種を指す言葉だ。黒人、先住民、ヒスパニック、アジア系、これらの人たちが、カラードと呼ばれる人種だ。人種隔離政策で主に戦ったのは、アフリカ大陸から奴隷としてアメリカから連れてこられた、黒人だ。

黒人もカラードと呼ばれる人種であるが、他のアジア系や、ヒスパニック系、アメリカ先住民よりも、人種隔離政策反対を強く打ち出したのが、黒人だ。カラードと呼ばれる人種の人口の中で、当時は黒人が多かったというのも理由の一つだろう。

アメリカで差別される黒人の数は、他のカラードと呼ばれる人種より多く、奴隷としてアメリカに連れてこられた過去も、黒人への人種差別を一層強いものにしていたのだろう。一般的に人種隔離政策と闘ったのは、主に黒人であった。

黒人の自由を獲得する運動として、多くの人々の記憶の中に残っているのは、黒人の公民権運動の先頭に立っていた、マーチン・ルーサー・キング・ジュニアだろう。キング牧師は、黒人の公民権の獲得のために、黒人の先頭に立って非暴力の姿勢を貫いて闘い、ノーベル賞を贈られている。

キング牧師は、当時のFBIのフーバーによって盗聴され、最後には暗殺された。キング牧師は、黒人の代表として、黒人の先頭に立って、非暴力の公民権運動を行ったのだが、それは黒人たちの思いの代弁者であることだった。

キング牧師は大学を卒業した、黒人の中のエリートだ。だから、そのエリートのキング牧師が、多くは貧困の中で暮らす、教養もあまりない人たちの代表となり、彼ら彼女らにふさわしい言葉を選んで、素晴らしいスピーチを残した。

キング牧師のスピーチで有名なスピーチは「I Have a Dream」だろう。リンカーン・メモリアルでの、ワシントンの公民権行進の際に行われたこの有名な演説でキング牧師は、黒人の前にある高い山も、いつかは平らな平野になるだろうと述べた。

高い山とは、黒人の前にある人種差別という障害で、その障害がなくなり、黒人の前の山は無くなる、つまり差別がなくなると、キング牧師は、ワシントンの大行進に来た、多くの聴衆に語り掛けた。

キング牧師の伝記映画に、「グローリー 明日への行進」がある。この映画では、キング牧師の浮気や、FBIからの盗聴や、嫌がらせの電話や、夫婦関係が描かれている。セルマでの行進がこの映画の見どころだ。

映画「ヘアスプレー」の表立っての主人公は、ユダヤ人のトレーシーだが、この映画の実際の主人公は黒人であると言っていい。この映画「ヘアスプレー」は、黒人のダンスに焦点を当てた映画だからだ。

白人の禁欲的で、お上品で、かわいらしいダンスとは違って、黒人のダンスは、躍動的で、アクティブで、柔軟性がある。黒人のダンスはつまり、白人のダンスよりも、刺激的で、人を興奮させる魅力を持っているのだ。

その事実に、ようやく1960年代になって、黒人の奴隷主であった白人たちは、気が付いた。そして、黒人のダンスに夢中になっていく。それが、この映画で描かれている。中でも、この映画の本当の主人公は、アイネス・スタッブスだ。

彼女は、トレーシーの友達のペニーの恋人の黒人少年シーウードの妹で、ダンスがうまく、歌もうまい。そのアイネスが、ヘアスプレーの会社がスポンサーのテレビ番組のダンスコンテストで、人気投票で1位になる。それが、この映画の真に言いたいところかもしれない。

この映画「ヘアスプレー」は、ミュージカル映画だが、黒人たちが歌って踊るシーンでこう歌われる。「白人は退屈なバニラ、黒人は高級なチョコレートアイス」と。チョコレートの原料はカカオだ。

チョコレートの原料のカカオを多国籍大企業の搾取のもとで作っているのは、黒人のほとんど奴隷のような労働条件の農民だ。つまり、チョコレートは、黒人の肌の色を指していると同時に、黒人の作っているカカオは実は素晴らしいものなのだ、と言っている。

ここには、黒人のカカオの生産の際の不当な労働条件と労働賃金は、カカオ農場の黒人たちが作り出しているカカオからできるチョコレートのように、もっと評価されるべきなのだという意思もこもっているように思われるのは、筆者の思い過ごしだろうか?

カカオを作っているのは、西アフリカの国々だ。アイボリー・コーストとも呼ばれるコート・ジボワール、ガーナ、ナイジェリア、カメルーントーゴがカカオの世界的な産出国だ。そして、その農民たちに適切な対価が払われているかは定かではない。

カカオ農業では、焼き畑農業がおこなわれる。それも、環境負荷への問題となっている。

映画「ヘアスプレー」が、黒人の公民権運動をダンスという形で描き、歌う歌詞は、アフリカのカカオ農家の搾取を連想させる。

映画は、気付きや発見をもたらしてくれる。


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